大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和60年(ラ)306号 決定 1985年8月30日

抗告人

株式会社オリエントファイナンス

右代表者

阿部喜夫

右代理人

阪本政敬

今中浩司

主文

一、本件抗告を棄却する。

二、抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

第一、本件抗告の趣旨と理由は別紙記載のとおりである。

第二、当裁判所の判断

一、金銭の支払を目的とする公正証書が強制執行上の債務名義である執行証書になり得るためには、民事執行法二二条五号に従い金銭の一定の金額の支払を目的とする請求権について公証人が作成したもので、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されているものであることを要する。

このように法が金額の一定を要求しているのは、裁判機関でない公証人に債務名義の作成を認めるための不可欠の要件である債務者が執行に服する旨の陳述(執行受諾の陳述という)の対象を明確にして、債務者の判断に遺憾なきを期し、その保護を図るとともに、これにより執行機関が債権者の請求の範囲を明確に知ることができ、執行の迅速確実を期したものである。

したがつて、公正証書の記載自体から一定の金額の支払が明記されていること及びそれにつき執行受諾文言の記載があることを要するのであつて、公正証書以外の資料から金額の一定性を求めることは、それにつき公正証書上債務者の執行受諾がないので許されないものというべきである。

二、事件記録中の本件公正証書によると、次のような記載がある。

第一条 抗告人と債務者(猪本豊、以下、猪本という)が、昭和五八年一月一五日猪本がオートローン契約に基づき自動車を購入するため朝日生命保険相互会社(以下、朝日生命という)から左記金員を借り受けて抗告人にその保証を委託し、抗告人が連帯保証したことにより猪本が抗告人に対して負担する求償の弁済につき本契約を締結する。

(債務目録)

借受の日 昭和五八年一月一五日、元金二、二九三、六六八円、利息金 三四四、〇五〇円、合計 二、六三七、七一八円 (以下略)

第二条 猪本は抗告人が朝日生命に対して前条の連帯保証債務を履行したときは直ちに抗告人が朝日生命に弁済した金額およびこれに対する弁済期日の翌日から完済まで年二九・二%の割合による遅延損害金を債務者に支払わなければならない。

第五条 猪本、その連帯保証人は本証書一定金額支払いの債務を履行しないときは直ちに強制執行に服する旨陳述した。

三、右本件公正証書の記載を検討すると、前示第二条の文言は、要するに抗告人が朝日生命に対し第一条記載の連帯保証債務を履行したときには、その弁済額及びこれに対する遅延損害金の支払を約したもので、その支払うべき具体的金額は抗告人の弁済額の多寡にかかつておりその弁済がなされるまでは定まらず、公正証書自体の記載から一定の金額を明記しているとはいえないし、また公正証書の記載事項の計算上から一定の金額が明らかになるものとも解することができない。

もつとも、論理上、第二条はその第一条の「連帯保証を履行したときは」なる文言に照らし、弁済額が第一条所定の金額を越えないものであるともいえなくもないけれども、肝腎の支払の対象となるべき金額の記載としては第二条において抗告人が朝日生命に「弁済した金額」及びこれに対する遅延損害金と記されているのみであつて、第一条記載の連帯保証債務額全額を最高額としこれを一定の金額の支払として記載されたものとは第二条の文言上明らかでないし、とくに第五条の強制執行受諾文言において第一条記載の金額全額を一定の金額としてその支払の債務不履行につきこれがなされたものと認めることはできない。

事前求償の場合はもとより本件のような事後求償の場合についても、まず主債務の元利金全額を一定金額としてその具体的金額の支払が公正証書上明記され、債務者において明確にその執行受諾がなされていれば、その後の主債務者などの弁済により保証人の弁済額がそれに対応して減額されたときには、その限度に限り支払うとの構成をとる公正証書であつても、民事執行法二二条五号にいう執行証書として債務名義たり得ると解する余地があり、その場合には抗告人主張のように連帯保証人たる抗告人の弁済及びその弁済額の証明は同法二七条の類推適用により抗告人にその事実を証する文書を提出したときに限り執行文を付与する扱いとすることにより処理し得るものと考える。

しかしながら、本件公正証書においては既述のとおりそもそも最高額を一定金額とした支払が明記されているとはいえないし、債務者がなした執行受諾の対象の記載が曖昧でそれが右最高額の支払につきなされたものと認めるべき明確な記載がない以上本件証書を民事執行法二二条五号にいう執行証書として債務名義となる公正証書ではないというほかない。

第三、結論

したがつて、抗告人が連帯保証人として代位弁済したことを理由に本件公正証書に基づきなした本件債権差押命令の申立は、有効な債務名義に基づくものでないので、これを不適法として却下すべきである。

よつて、右申立を却下した原決定は結論において相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官廣木重喜 裁判官長谷喜仁 裁判官吉川義春)

〔抗告の理由〕

1、原決定には、民事執行法二二条五号の解釈適用を誤った違法がある。

2、原決定の理由は、事後求償債権について、その代位弁済の具体的額が、公正証書上、記載されておらず、請求の一定性の要件を欠いているということである。

3、ところが、本件公正証書によると

(1) 抗告人と猪本豊(以下、猪本という。)は、昭和58年1月15日、猪本が朝日生命保険相互会社(以下、朝日生命という。)から金員を借り受け、抗告人にその保証を委託したことにより、抗告人に対して、負担することあるべき求償債務の弁済につき、本契約を締結すること、右借受金は金二二九万三六六八円であり、右借受元本に対する最終弁済期までの利息は、金三四万四、〇五〇円であること、右元利金計二六三万七、七一八円の弁済方法は、昭和五八年二月から三六回にわたり毎月二七日かぎり金二万三、二〇〇円(ただし、第一回は金二万五、七一八円)ずつの分割弁済であること(以上第一条)

(2) 猪本は、抗告人が朝日生命に対して(1)の連帯保証債務を履行したときは直ちに抗告人が朝日生命に弁済した金額およびこれに対する弁済期日の翌日から完済まで年二九・二%の割合による遅延損害金を抗告人に支払うこと(第二条)

(3) 本件債務者は、猪本の抗告人に対する本件契約上の一切の債務を保証し、猪本と連帯して、弁済の責任を負う

等の記載がなされている。

4、上記から明らかなように、本件公正証書には、主債務者の債務額が明記されており、連帯保証人である抗告人としては、同額以上の代位弁済をすることはない。その意味で、少なくとも、請求の最高限度額が明記されているのである。

また、抗告人が代位弁済するに至る法律上の原因は、本件債務者との保証委託契約であり、その基本的法律関係も、本件公正証書上、明記されているのである。

5、このように、事後求償債権について、公正証書上、その基本的法律関係が明らかであり、その具体的金額が記載されていないとはいえ、その最高限度額も明記され、その算定も、債権者の連帯保証人に対する支払証明書等で容易に証明され得るのである。その意味で、事後求償債権の場合、債権者の証明すべき事実の到来と同視しうるものとして、民事執行法二七条が類推適用されるべきである。

6、従来、判例は、「一定額」の記載のない公正証書として、当座貸越等の与信契約の公正証書について債務名義たる適格を否定してきたが、こうした当座貸越契約は、極めて包括的な内容をもつた契約であり、その額の算定も、困難であるのに対し、事後求償債権の場合、その基本的法律関係も明確で、その額の算定も容易である点、全く事情を異にしている。

また、保証人が事後求償債権について、公正証書を作成するのは、主債務者に代わつて、債権者に弁済したことの損害を少しでも回復するためであつて、貸付金の公正証書の場合以上に保護されるべきものである。

7、(1) また、つい最近、事前求償権のケースではあるが、福岡高等裁判所において、本件と同一内容記載の公正証書について「一定額」の記載あるものとして執行証書としての要件具備を認めた決定が下された(福岡高裁昭和六〇年(ラ)第一五号執行抗告事件について昭和六〇年四月二二日付決定)。

同事件は事前求償のケースであるが、同旨の考え方は事後求償の場合にも該当し得るものである。

(2) まず、事前求償の場合において、連帯保証人が主債務者に対して求償し得べき事前求償権の金額は債務者の借受けた借受元利金であり、しかもその金額は公正証書の記載上明確である。そして主債務者の弁済などにより事前求償債権の金額が公正証書に記載された額より減少することがあるのは、公正証書上一定の額の記載があるか否かの問題とはかかわりないものである。

(3) 次に、事後求償の場合において、連帯保証人が主債務者に対して、求償し得べき金額は、仮りに主債務者が全く弁済をなさずして連帯保証人が金額を代位弁済した場合にはまさに公正証書の記載の借受元利金の金額そのものであり、この場合には民事執行法二二条五号にいう「一定額」の記載があるものとして何らの問題はない。

そして仮りに主債務者が一部弁済をなして連帯保証人が残額について代位弁済をした場合でも、たまたま連帯保証人の求償し得る金額が公正証書記載の借受元利金よりも主債務者の一部弁済金額だけ減額したものに過ぎず、公正証書上一定の額の記載があるか否かの問題とは全く別の問題なのである。

(4) つまり、事前求償の場合であれ、事後求償の場合であれ、公正証書に債務者の借受元利金の額の記載が明確であれば、公正証書の記載自体によつてその金額が特定されていることは言うまでもないことであり、公正証書上「一定額」の記載があるものである。そしてその後主債務者がいくら弁済してその具体的金額が減少しようとも、公正証書上一定の額の記載があるか否の問題とは全く別の問題なのである。

8、以上のごとく、事前求償にしろ事後求償にしろ、現実に公証人が作成をし、執行文を付与している極めて多数の公正証書が存する実態が存し、これを前提とした実務慣行の確立されている現在において、そのような公正証書の債務名義性を認めても何ら支障はないばかりか、かえつて取引の安全性・迅速性を保障し、経済の実情に合致した極めてすぐれた考え方となるものである。決して主債務者に不測の損害を与えることは考えられないばかりか、連帯保証人を附しての融資取引の迅速な処理を前提とする現代の動的経済取引の保護の要請にマッチしたものとなるのである。

9、以上の理由により、抗告人が公証人から執行文を付与された公正証書を有する以上、原審は債権差押命令を下すべきであつたのにこれを下さなかつた違法に対して本抗告を申立てた次第である。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例